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浦和地方裁判所 平成6年(ワ)620号 判決

原告

甲野花子

原告

甲野一郎

原告

甲野月子

原告

甲野雪子

右法定代理人親権者母

甲野花子

右原告ら訴訟代理人弁護士

腰塚和男

被告

医療法人祥風会

右代表者理事長

喜多みどり

右訴訟代理人弁護士

堀岩夫

主文

一  被告は、原告甲野花子に対し金四八九〇万円、同甲野一郎、同甲野月子、同甲野雪子に対し各金一六三〇万円及び右各金員に対する平成六年四月二二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(主位的請求)

被告は、原告甲野花子に対し金一億四八九〇万円、同甲野一郎に対し金四九六三万三三三四円、同甲野月子、同甲野雪子に対し各金四九六三万三三三三円及び右各金員に対する平成六年四月二二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被告は、原告甲野花子に対し金二億四八九〇万円、同甲野一郎、同甲野月子、同甲野雪子に対し各金一六三〇万円及び右各金員に対する平成六年四月二二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

(一) 被告は、昭和三九年八月一四日に出資金九二〇万円で設立された医療法人であり(設立時の名称・医療法人浦和保養院)、現在肩書地において浦和保養院の名で精神病院を経営し、設立以来平成九年六月まで矢部善一郎(以下「矢部」という。)が理事長であったものである。

(二) 訴外甲野太(以下「太」という。)は、被告の法人設立以来理事の職にあったが、平成五年六月八日に死亡した。

原告甲野花子(以下「原告花子」という。)は、太死亡当時同人の妻であり、原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)、同甲野月子(以下「原告月子」という。)及び同甲野雪子(以下「原告雪子」という。)は、太の子である。

2  出資金支払請求

(一) 太は、昭和三九年の被告設立に際し、出資金九二〇万円のうち三〇万円を出資して被告の社員となった。

(二) 被告の定款第六条第一項は、社員の死亡を資格喪失事由と定めており、同第八条は、社員の資格を喪失した者はその出資額に応じて払戻しを請求することができる旨を規定している。

(三) 被告の第二九期(自平成四年四月一日至平成五年三月三一日)決算報告書によれば、平成五年三月三一日現在の資産の総額は一三億三三七〇万一六〇四円であるが、実質資産総額は三〇億円を下らないから、純資産価額と出資割合により計算すると、太の死亡時の出資金払戻請求権は、九七八二万六〇八六円を下回ることはない。

(四) 右出資金払戻請求権の内金九七八〇万円について、法定相続分に従い、原告花子は四八九〇万円、原告一郎、原告月子、原告雪子はそれぞれ一六三〇万円を相続により取得した。

3  退職慰労金支払請求

(一) 主位的請求

(1) 被告は、平成五年五月初旬ころに行われた社員総会及び理事会において、太に対し、退職慰労金を支払うこと及びその金額を二億円とすることを決議して法人としての意思決定をし、同日、太に対し、その旨の意思表示をした。これに対し、同日、太は被告の理事の職から退くこと及び退職慰労金の金額を最低二億円とすることを承諾する旨の意思表示をした。したがって、太は、二億円の退職慰労金請求権を取得した。

(2) 仮に右(1)の主張が認められないとすれば、太の退職慰労金について次のとおり主張する。

〈1〉 被告は、太が死亡した平成五年六月八日から同年七月一五日までの間に開かれた社員総会及び理事会において、太の退職慰労金を支払うこと及びその金額を一億五〇〇〇万円、仮にそうでないとしても一億二〇〇〇万円とすることを決議して法人としての意思決定をし、矢部の実姉で理事の岩垂広子(以下「岩垂」という。)及び監事の喜多善正(以下「喜多」という。)に原告らとの交渉を委任した。

そして、岩垂及び喜多は、被告の代表として、平成五年七月一五日、被告の病院建物内において、原告らの代表である原告一郎及び同月子と面談した際、右原告両名に対し、被告から太への退職慰労金として、喜多が一億五〇〇〇万円支払の意思表示をし、仮にそうでないとしても、岩垂が一億二〇〇〇万円支払の意思表示をしたものであり、右原告両名はこれを承諾した。

〈2〉 被告は、太の死亡前、協栄生命保険株式会社との間で、被告を契約者、太を被保険者、保険金受取人を被告、保険金を七〇〇〇万円とする生命保険契約を締結し、太は右契約締結に同意した。右保険は、太の死亡の際の退職慰労金の支払に充てるためのものであり、太の右同意により、被告と太との間で、被告が太に対し、死亡退職慰労金として七〇〇〇万円を支払うとの合意が成立した。

また、太が死亡した平成五年六月八日以前に、被告は、社員総会において、前記保険契約により将来給付を受けるべき保険金について、これを太の退職慰労金として太の遺族に支払う旨の決議をし、その後毎年その旨を確認してきた。

(3) 右退職慰労金請求権について、原告花子は二分の一相当額、原告一郎、原告月子、原告雪子はそれぞれ六分の一相当額(二億円の場合、原告花子が一億円、同一郎が三三三三万三三三四円、同月子、同雪子が三三三三万三三三三円)を取得した。

(二) 予備的請求

退職慰労金は相続財産に属するものでなく、妻個人に帰属するものであるとすれば、原告花子は、被告に対し、二億円ないし前記(一)(2)主張に係る額の退職慰労金請求権を有することとなる。

4  よって、被告に対し、主位的に、原告花子は一億四八九〇万円、同一郎は四九六三万三三三四円、同月子及び同雪子は四九六三万三三三三円、予備的に、同花子は二億四八九〇万円、同一郎、同月子及び同雪子は各一六三〇万円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年四月二二日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2(一)  請求原因2(一)は否認する。

被告は、法人化以前に矢部が個人で経営していた浦和保養院を現物出資して設立されたものである。形式上太が三〇万円を出資したことになっているが、それは、数人の出資者が一定の金員を出資した形式を整えた方が手続上得策であるとの考えによりされたものに過ぎず、実際には太が三〇万円を出資した事実はない。

(二)  同(二)は認める。

(三)  同(三)は否認する。

被告には、その資産状態から見て払い戻すべき資産はない。

3(一)(1) 請求原因3(一)(1)、同(2)〈1〉は否認する。

被告の社員総会、理事会において、太に対して退職慰労金を支払う旨の決議がされたことはない。

(2) 請求原因3(一)(2)〈2〉のうち、被告が原告ら主張の保険契約を締結したことは認めるが、その余は否認する。

被告は、病院役員の死亡による被告の諸経費の負担増大を賄うために右保険に加入したものであり、保険金を対象役員の死亡退職慰労金の支払に充てることを予定して加入したものではない。

(二)  請求原因3(二)は争う。

三  退職慰労金請求に対する被告の主張

太には、被告に対して、以下の任務違反行為があり、退職慰労金請求権は到底認められない。

1  株式取引及び株式先物取引による損害

太は、被告の病院移転のための土地代金として金融機関から借用した五億円に関して、被告の理事会ないし社員総会の承認を得ることなく、平成元年六月一六日、被告名義で訴外三井信託銀行との間に信託契約を締結するとともに、訴外山一投資顧問株式会社との間に投資一任契約を締結した。右行為は被告の定款に違反するものであり、その結果、株価の暴落により被告に多大の損害を与えた。

2  その後の背任行為

太は、右1のとおり五億円を投資してしまったため、被告の病院移転の費用として右金員が必要となったとき困却し、やむなく被告の社員や理事に内密に被告名義で訴外さくら銀行から三億円を借り入れた。その際、右銀行から当時の理事長矢部を保証人として立てることを求められたが、それを矢部に依頼できなかったため、事務主任の訴外河合冨美子に命じて、矢部の筆跡に似た署名をさせて借入れをした。

さらに、右金員を使用して訴外加藤信一所有の土地を被告の病院移転に必要な代替地として買収するときも、その価格を知りながら四倍以上の価格二億五〇〇〇万円で被告にこれを買収させ、自らも右加藤から五〇〇〇万円を借り入れて利得した。

四  被告の主張に対する認否

いずれも否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(当事者等)は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(出資金支払請求)について

1  同(一)(太の出資)につき判断する。

(一)  (証拠・人証略)、原告月子本人及び被告元代表者矢部(一部)の各尋問結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告の法人設立の際、昭和三九年六月八日付で太の署名押印のされた出資申込証が作成され、所轄機関に提出されているところ、右申込証には出資金として現金三〇万円と記載されている。なお、矢部の作成・提出に係る同様の出資申込証には、現金七〇万円、現物出資七〇〇万円と記載されている。

(2) 太宛に昭和三九年九月一日付で三〇万円の被告の出資証券が発行され、太がその交付を受け、死亡時まで所持し、現在は原告らがこれを保管している。

(3) 太は、法人設立以降死亡直前まで社員として被告の社員総会に出席し、社員としての議決権を行使し、総会議事録に社員として署名をしており、矢部をはじめとする他の社員も、当然太を社員として取り扱っていた。

(4) 矢部は、平成五年ころ、太に被告からの退社を迫り、持分の譲渡を提案し、「太より出資金額面三〇万円の譲渡を受けた」旨の記載された年月日欄及び申請者の住所・氏名欄が空白の出資金持分移動承認及び社員承認申請書の用紙を太に渡した。

(5) 矢部は、平成四年一〇月、太を相手方として、太が被告から自主的に退社し、被告の社員たる資格を失うことを求める調停を大宮簡易裁判所に申し立て、その調停申立書において、太の行動を強く非難しているが、太が被告の社員であることを当然の前提とし、形式的な出資者に過ぎないとは全く主張していない。

(二)  右各事実に弁論の全趣旨を総合すれば、太は、被告設立に際し、三〇万円を出資して被告の社員となったものと認定すべきである。(証拠略)及び被告元代表者矢部の尋問結果中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  請求原因2(1)(定款の規定)は、当事者間に争いがない。

3  同(2)(出資金払戻請求権の額)について検討するに、鑑定人横瀬元治は、平成五年三月三一日当時の被告の純資産価額を一九億九九七八万七二九四円と評価しているが、本件においては、太の退社時すなわち平成五年六月五日の被告の純資産価額が基準となるところ、右鑑定人の鑑定は、右時点後の平成五年一一月二二日に成立した被告の病院移転用地に係る即決和解の内容(しかも、その内容自体即決和解の時点でも未確定である。)を考慮に入れており、この点は妥当でないというべきである。また、右鑑定は、清算所得に係る法人税等を純資産価額から控除しているが、脱退社員に対する出資持分の払戻しは、当該事業が引き続き継続して事業を行うことを前提として算出すべきであり、右法人税等についてはこれを控除しないのが妥当であると認める。

そこで、右鑑定結果に右修正を加えると、平成五年三月三一日当時の被告の純資産価額は、三四億九八四四万七八三四円であると認められ、平成五年六月五日の時点でも、被告の純資産価額は原告ら主張の三〇億円を上回るものと認めるのが相当である。

右認定に反する(証拠略)は、右鑑定結果に照らして採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  以上によれば、太は、その死亡時、被告に対し、少なくとも原告ら主張の九七八二万六〇八六円の出資金払戻請求権を有し、右出資金払戻請求権の内金九七八〇万円について、法定相続分に従い、原告花子は四八九〇万円、原告一郎、原告月子、原告雪子はそれぞれ一六三〇万円を相続により取得したものと認められる。

三  請求原因3(退職慰労金支払請求)について

1  同(一)(主位的的(ママ)請求)につき判断する。

(一)  前記(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、平成四年当時、被告には社員が七名おり、そのうち矢部が理事長、太及び院長の髙橋進が常務理事、岩垂が理事、喜多が監事であり、太が死亡した平成五年六月五(ママ)日当時も同様であったことが認められるところ、原告らは、同(一)(1)及び同(一)(2)〈1〉において、太の退職慰労金について、被告の社員総会及び理事会で、二億円、仮にそうでないとしても一億五〇〇〇万円又は一億二〇〇〇万円を支払う旨の決議がされ、その旨の提示を受けて太ないし原告らがこれを承諾した旨を主張する。

確かに、(証拠・人証略)並びに原告月子本人尋問の結果によれば、矢部と太は、かねてから病院の運営方針等をめぐって対立していたが、平成四年夏頃からその対立が一層激しくなり、矢部が太に被告からの退社と理事の辞任を求めるに至り、他の社員、理事も同席する席等で話し合いが持たれ、その際、太の退職慰労金について、喜多が被告として二億円を支払うことを提案したのに対し、太が三億五〇〇〇万円を要求したことがあったこと、原告一郎及び同月子が、太死亡後の平成五年七月一五日、被告の病院建物内において、太の退職慰労金支払の件で岩垂及び喜多と面談した際、岩垂からは一億二〇〇〇万円、喜多からは一億五〇〇〇万円を被告が支払うようにするとの発言がされたことが認められる。

しかし、右に掲げた各証拠によれば、これらの提案ないし発言は、正式の決議の前の交渉に当たり、喜多ないし岩垂が個人的に妥当ないし被告として支払可能と考える金額を一つの案として示したものに過ぎず、これらの事実から原告ら主張のような太の退職慰労金に係る決議があったものと推認することはできず、そのほかに右決議の存在を認めるに足りる証拠はない。なお、被告が岩垂や喜多に対して原告らと交渉することを委任し、被告を代表ないし代理する権限を与えたことを認めるに足りる証拠もない。

したがって、原告らが請求原因3(一)(1)及び同(一)(2)〈1〉において主張する太に係る退職慰労金請求権は、これを認めることができない。

(二)  請求原因3の(一)(2)〈2〉(七〇〇〇万円)の主張については、被告が原告ら主張の保険契約を締結したことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、被保険者である太が右契約締結に同意したことが認められる。しかし、右保険は、企業(法人)が保険料を負担し、被保険者やその遺族でなく自らが保険金受取人となる団体定期保険であり、被保険者の同意も、他人を被保険者とする生命保険に加入することの危険性等を回避する目的で要求されているものに過ぎず、右同意がされたからといって、支給された保険金を被保険者に支払うとの合意が保険金受取人と被保険者との間に成立したものとすることはできない。そして、本件において、右同意のほかに、太ないしその遺族に対する保険金支払についての合意が被告と太との間にされたことを認めるに足りる証拠はなく、また、被告の社員総会や理事会において右契約に係る保険金を太の退職慰労金として支払う旨の決議がされたことを認めるに足りる証拠もない。

よって、右主張の退職慰労金請求権もこれを認めることができない。

2  請求原因3(二)(予備的請求)の主張については、同(一)の退職慰労金請求権が認められない以上、これを前提とする右主張も採用することができない。

3  そうすると、原告らの退職慰労金請求はいずれも理由がないものというべきである。

四  以上によれば、原告らの本訴請求は、出資金払戻請求として、被告に対し、原告花子が四八九〇万円、原告一郎、同月子、同雪子が各一六三〇万円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成六年四月二二日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河本誠之 裁判官 前田博之 裁判官 廣澤諭)

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